✨わたしのヴァギナは宇宙とつながってる〜母として 和多志として ひとりの人間としてありのままを生きる〜✨

日頃の出来事や旅行記、子育て記、や、宇宙から降りてきた言葉など、アウトプットさせていただきます。そんな、kina:suttsu/キナスッツのblog。

単身イギリスほぼほぼ 無銭記 ⓺

   

そんなこんなで、ほぼほぼ無銭ぐらしも1ヶ月半を過ぎ、1ヶ月半、されど1ヶ月半、。

 

じぶんがそのような生活でなんとかやれているのは、いままで、数年のあいだ、電気ガス水道のない生活、なるべく消費をしない生活を地元の広島で行なっていた成果かもしれない。

いまの生活は、電気はミツロウでもない限り、ふつうに売られてるロウソクで生活をしようと思ったら、パラベンワックスという、結局石油で作られたロウソクを安価ででも買わなくてはならないということもあり、手間もかかるし、すぐなくなるので一度に大量買いすると自転車で持って帰る際に重い、というのがとても難点で、wi-fiを家に導入するにあたり、電気も必要となり、かろうじて、家の照明、ならびに電通機器、楽器などは電気の力を借りている。

 

水道も前はすべて手漕ぎの井戸を使用していたのだけれど、いまは井戸水を電気のモーターで引っ張りあげて使用しており、だけども、うちには、いまだに、テレビもなければ、冷蔵庫も洗濯機も車も免許もない。

薪がないときや、忙しいときやついめんどくさいときは正直にカセットコンロでのガスを使わせてもらう。

前のようにストイックにではなく、こんなふうにゆるゆるエコ生活に移行したのは、昔ながらの生活様式が残ってるだいたいどこの国でも村でもそうなのだと思うのだけど、こういった、手と手を必要とする生活には、何世代かの家族が一緒に暮らして、子供の面倒はおばぁが見て、薪は男仕事か、かぁちゃんが小枝を拾ってきては、火をおこし、ごはんを作る、とか、人手が常にあったからこそ潤滑に巡る暮らしであるのにかかわらず、ひと世代しかいないじぶんの場合は一度のご飯を作るだけでも時間がかかるので、環境は破壊せずとも、自分自身がてんてこまいになってしまい、生活以外になにもやる時間がなくなるくらいやることが多くなりすぎてつい、イラっとなって、離れ小島という狭い敷地内に男女二人プラスこども、ともなると、一生わかりえないであろう、男という習性を持つ片方の相方に対してつい子育てのことやなんやかんやで八つ当たりをしてしまうという、そんなじぶんに自己嫌悪もするし、そんな家庭内戦争が勃発するくらいなら、まだ、無理せず、マイペースに生涯死ぬときに、統計的に観て、環境をあまり汚さず、地球にやさしい生活を送れた、と思えたらいいのではないか、と、ある種じぶんを受け入れる方向にしたからとも言える。

このいまある現状を受け入れたうえでのバランスでやっていくのが結果的にこころにも精神的にも持続可能であり、持続可能かどうかの方が重要だと思い、いまではじぶんのよきバランスで、やらしてもらっている。

 

 

このすごいスケールのデカさで生きてる地球さんになにかしてあげる、なんてほんと、おこがましいはなしだ。だけども、じぶんがやれる範囲でやらせてもらっている、いまの生活の風景。↓

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そんな具合で、前ほど、ガチガチではないけれど、ゆるゆるとエコ生活をエンジョイしている。

なぜ太陽光発電を使わないのかというと、太陽光パネル自体、15年くらいしか持たないし、15年後ゴミになることを考えたら、いまある電線を使わせてもらうほうが、実はまだ環境に配慮してるのかもしれない、という見解のもとだったりする。

 

かつては東京の渋谷に住み、浪費家もいいところでシオンを妊娠したときは、十数万円のカードの借金があった。

シオンを妊娠してから広島に戻り、

社会心理学者であるシオンのお父さんから毎日、環境と消費の関係性について、そのへんで売られてるケミカルまみれのスーパーに置いてある品物にお金を使うということが、

最終的に健康を破壊してしまうにもかかわらず、

その物たちを買う為に、

ある種、

病気を買う為に働かされ、

からだをこわしては高い保険料と診察代を払い、

病院に行くことを余儀なくされ、

病院で出される薬は石油で作らたケミカル製品で、

一見治ったように見えても、

根本は治療されないので、

副作用も含めてまたおなじことの繰り返しを余儀なくされ、

なをかつ生きるうえでストレスまみれにされているという、

そんな、

この日本のシステムの話を、

毎日ずっと聞かされると、

いざ欲しい、と思っても、それが自然のものでなければ、

消費する気持ちもなんとなく躊躇してしまい、

じぶんがお金を消費するところもだいたい決まってきて、

外にもあまり出歩かなくなり、

出歩かなければそんなにお金もかからないしで、

基本的には外食もほとんどせず、

家に居て手仕事をしながらゆっくりと過ごすようになっていった。

 

というふうに、むかし、東京に住んでたころの毎日びっちりと予定を入れては夜な夜なバーに入り浸り、朝まで酒を飲んでは、二日酔いじゃない日はない、というような、ある種なんの意味があるのやら、ただ虚しさと寂しさばかりが残るという、不自然な生活から一変して、住居から着るものから食事から生活のリズムまで出来るだけ手を掛けた、手作りの生活、自然な生き方へと少しずつ移行していった。

 

⓻につづく。

↓写真は上京時代の頃、渋谷区なんかに住みつつ、夜の仕事や、踊り子の仕事なんかをやってたときの写真。

毎晩、飲み代とバンドのスタジオ代を稼ぐために、金髪坊主にカツラ被っては、接客とか大嫌いだったけど、働く時間を少しでも減らしたくて、夜のバイトばかりしてた。。。

 

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